鳥取県のサービス付高齢者住宅計画

概要

鳥取県の病院を経営主体としたサービス付高齢者住宅(以下、「サ高住」)のコンセプト提案です。あらかじめコンセプトが必要なのは補助金の関係があるからです。単年度で計画から竣工までが求められる現制度下では、実際の計画に先立って核となるコンセプトを事前に用意しておかなかればクオリティーを高められないからです。

鳥取県の敷地にて

敷地の広さを活かして平屋とするか、2階建てとして土地を有効に使うか検討を行いました。
どちらも一長一短あるのですが、2階建ての場合エレベーターが複数台必要となり、食事や入浴時にエレベーター前が非常に混雑します。従ってそれなりのスペースを確保せねばならず、面積的に必ずしも有利とは言えません。又、介護のオペレーションが2層になることから、スタッフの連携が難しいとか、入居者の居場所をすぐに把握できないといった問題があります。

平屋の場合は建設コストが割り増しになる傾向がありますが、上記のように余分な滞留スペースやEVの費用、維持費用などは省けるのでここは規模に応じて算定が必要でしょう。

この計画では「介護従事者」「入居者」「家族」の声をリサーチし、心理的な側面から組み立てて考え、平屋で進めることとなりました。

ご家族の視点

サ高住に限らず、高齢者を預ける身内の立場からすると、入居してもらうことに一種の罪悪感を持たれる方もいらっしゃいます。つまり「自分で面倒を見ずに施設に預ける」ということについてです。こうした施設は入居者と介護者の問題だけを考えるだけでなく、入居に導く主体であるご家族の心理にも応えられる存在でありたいと思っています。

入居後の未来に対して明るい予感を感じて頂くことが大事になってくるわけですが、入居を検討しに来訪されている入居者とそのご家族は、スタッフの方達の働く雰囲気などをよく見ていますここが重要で、単に建物の雰囲気やつくりが良いかどうかだけを見ているのではありません。

したがって建築計画は、入居者の居心地についてだけでなく、スタッフが気持ちよく働けるような建築的なアイディアをしっかり練っておくべきです。施設としてのトータルな仕組みを高レベルで構築することが重要で、建築はその仕組みをバックアップする存在でなければなりません。

共用スペースの作り方(居場所の選択性と見守り)


プランはいわゆる大広間で食事やレクリエーション(略してレクという)を完結させるのではなく、スペースを分散的に配置するような構成となっています。大空間に持たせるべき機能を、グニャグニャと変形させて、その周囲に部屋を配置する構成となっています。介護スタッフにとって完全な死角がある構成は避けなければならないのですが、入居者にとって完全にオープンであっても居心地が悪くなる場合があるので、そのぎりぎりの境目を狙いました。

これはリサーチから生まれた結果です。やはり閉じた領域ですから、人間関係というものも出て来ます。場合によっては険悪になったりする場合もあるわけです。大広間で完結させる形だと、立場が弱い方は自室に籠もりがちにるといったことが現実に起きているのです。

ですので居場所に選択性があることが重要だと思います。グニャグニャとした空間構成であると同時に、一繋がりの空間のため、介護スタッフがいつでも施設全体に気を配れるような構成となっています。

食堂として利用するだけでなく、映画の上映会や全体レク、読書のできるみんなの空間です。
個別のレクスペースは分散化してあり、病院が主体となって作成したDVDを使ってレクを選択できます。入居者によってはこうしたレクを嫌う方もいらっしゃいますので、選択の幅を広げておきます。

施設によっては食堂スペースでレクも行うため、そのたびにテーブルと椅子の配置替えに労力を取られている施設もあり、その施設の性格や運営を左右する要素でもあります。

入居者は行為に合わせて居心地の良い場所を選択出来ます。同時に屋外の庭に面した領域も2方向から気を配れます。

部屋の作り方とトイレ

居室のトイレの作り方は重要な課題です。要介護度が上がってくると自力でトイレまで行くことが難しくなります。そのため、用を足す度にスタッフを呼ばねばなりません。すると、スタッフにとっては労力負担の増加になりますし、入居者にとっては自力で排泄が出来ないことによって自尊心が失われます。

ちょっとした差なのですが非常に大きい問題で、ベッドのすぐ近くにトイレがあると、「自分でもトイレに行ける!」というモチベーションが起きて、その後の生活に差が出てくるようです。

トイレは排水管との接続があるため設置位置に制約があるのですが、その点に着目して「室内の移動式トイレ」なる商品が開発されていて、これが介護者にも被介護者にも好評のようです。

ただこのトイレ・・・金額がそれなりにします。

そこで介護度の軽重によっては室内の間仕切りを取り外し、固定式ではありますが、ベッド近くにそのまま設置しても良いのではないかと思い、御提案しました。いろいろヒアリングする中で、ある事業者様によっては最低限の室内の質を確保して尊厳を守りたいという方もおられました。たしかに刑務所のようだと感じる方もいらっしゃると思います。

しかしながら自力で排泄が出来ることによるメリットが私は大きいように感じます。しつらえ方を工夫したり、介護度が軽い時は間仕切りにしておくなど、運用的にクリアできる問題のようにも思います。室内の気積を多少なりとも大きく取れ、車いすの転回の自由度が向上するメリットも得られます。

 

トイレの具体的な配置や、運用についてはコストなども絡めた上での事業者様判断によるところが大きく、詳細は今後の課題です。

もう一つの問題は感染経路の問題です。汚物を室内で清掃し、共用部を通って、汚物室に運ぶ際に感染することがあるそうで、室内から直接窓の外の収納に一時的に出し、外周部から回収するという方法もあり得るかと思います。これは建物の換気計画にも影響を及ぼす問題です。

洗濯物の管理方法と収納

いろいろお話しをスタッフの方達に伺うと、介護者の中にはスタッフに罵声を延々と浴びせ続ける方もいらっしゃるそうで、介護者の部屋に極力入りたくない、という場合もあるそうです。

そこで本当に必要な時にだけ室内に入り、プライベートな時間には極力入居者に干渉しない運営ができるように、各部屋ごとに廊下から出し入れ出来る収納を設けました。入居者にとっても必要以上の干渉がないので双方にメリットがあると言えます。

入居者が顔を合わせず部屋内から取り出せる、・・・ということではありません。介護における様々なものをストックし、一度に短時間で処理できるような仕組みです。これならば洗濯済みの洗濯物を業者が巡回して入れていくことが出来、労力の分散化も可能となります。

又、単純に収納するだけであれば作業動線も劇的に減らすことが出来て、スタッフの負担軽減となります。スタッフの方達は動線について非常に敏感です。一日の移動量が尋常じゃなく多いので当たり前といえば当たり前ですね。

洗濯物の取り扱いも1つの課題です。

こうした施設ではよく出てくるクレームとして「洗濯物の混在」という問題が挙げられます。何をそんなことで・・・と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、問題はご家族が来られた時にそれが分かった時で、「なんてずさんな管理の施設に入れてしまったのか」と自責の念が混じるため、問題が大きくなることが多いようです。この収納システムは洗濯物を入居者ごとに管理できるので、混在する可能性が限りなく低くなります。

洗濯物に関してもう1つの問題は、誰が洗濯をするのか、という問題があります。洗濯物を建物内で洗濯、乾燥させる施設もありますが、最近では業者に外部委託するケースが増えているようです。その分入居費用が上がるわけですが、抜き差しならない問題でもあるのです。

ある方がおっしゃっていましたが、「学校出たての20歳そこそこの子に、お年寄りの汚物まみれの服を洗濯しろっていってもそりゃ無理な話だよ・・・。結局ベテランスタッフの方が手洗いで洗っているけど・・・。」という話が印象的でした。(最悪のケースでは、夜中に自分の排泄物を部屋中の壁や床に塗りたくる方もいらっしゃるそうで、その掃除の風景たるや・・・・)

こうした問題は介護スタッフの離職率を左右するものでもあり、洗濯物をどうするかという問題は事業者様ごとに判断があるかと思います。

まとめ

サ高住は比較的、要介護度が低い高齢者の受け入れが一般的なようですが、最近では運営形態は多様化しているようです。介護度の高い人の入居が難しいとか、要介護度が進行した場合に退去しなければならないケースもあるようですが、医療法人が主体となって運営するため、トータルケアが可能であるという安心感があります。

補助金や、税制面での優遇措置など、介護業界に明るくない業者も参入しやすい状況によって、サ高住は右肩上がりに増えているのですが、同時に廃業に追い込まれるケースも出てきており、ノウハウや人材のマネージメント力が不足している業者が参入しているケースも多いと聞きます。従って「囲い込み」との批判もあるのは事実ですが、要介護度の軽重にかかわらず一貫して関わることの出来る医療法人などの医療関係者が運営主体となるのは理に適っているともいえます。