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一般社団法人「あんしん解体業者認定協会」さんからインタビューを受けました

2020年の2月、一般社団法人「あんしん解体業者認定協会」さんから、弊社のインタビューをしたいとのお申し出を頂きました。

電話で担当者の山城さんとお話するうちに、お人柄に感じ入るところがあったのでインタビューをお受けすることにしました。

実際にお会いして会話を進める中で、まっすぐな社風や雰囲気、そして代表の鈴木佑一さんのフレッシュで透徹したビジョンも感じとることができ、この方達はとっても伸びていくんじゃないかなと思いました。

私は「あんしん解体業者認定協会」さんをとても応援したい気持ちになりました。

設計において考えていることは、この記事の内容ばかりではないのですが、普段から良く意識していることをうまく引き出していただいたインタビュー記事です。

記事の冒頭は、まるで匠(?)の紹介文みたいで恥ずかしいですが (笑
ご笑覧ください。

 

↓インタビュー記事はこちらです。

株式会社VITの黒澤社長によると、設計で人の密度を変えるだけでもコミュニケーションの機会を増やすことが可能だと言います。設計の力で空間や雰囲気も操作してしまう。一体どんな技術なのでしょうか。

 

↓一般社団法人「あんしん解体業者認定協会」さんのリンク先はこちらです。

 

「フジカケ」×「ケケノコ」コラボ!
ケケノコ闊歩in日暮里

去る2019年5月11日に、藤掛さんのグランドオープン前の告知イベントとして

ケケノコ闊歩in日暮里

というイベントが開かれました。
このイベント前後にはケケノコさん達を起用した告知写真などがネットに掲載されました。
ちなみに日暮里繊維街でこのような取り組みは初めてだそうです。

ケケノコというのは「新しいタイプの竹の子族」を目指す「ケケノコ族」のことです。
全国のイベントに出向いて企画を盛り上げたり、告知を拡散するのに活躍しているパフォーマンス集団です。派手で奇抜なコスプレとともに、音楽とダンスを組み合わせて街中を練り歩くのです。

こういうのを見られる機会もあまりないので、興味津々。

ケケノコさんたちは街中の練り歩いて、各ポイントでポーズを取ります。
周りにいる人たちは一斉にスマホで写真を撮ります。
すると、いろんなお店をバックにした写真が拡散する、という相乗効果が期待できます。

決めポーズ(写真タイム?)が終わると次のポイントへ向かい、音楽とともに踊りながら移動します。

藤掛さんの姉妹店、「フリカケ」のお店の前で決めポーズ。
皆さんそれぞれ決めポーズがあるようです。
過剰美」をさらに突き抜けたような独特の強烈さがありますね。
服をよく見ると鱗のような布とか特殊でしょう?
藤掛さんはこういう布も扱ってらっしゃいます。

そしてまた移動。
すれ違う外国の旅行客の方も、思わずスマホを取り出しています。

ちなみに日暮里はスカイライナーに乗って、成田から40分ぐらいで来られる場所です。そうした利便性もあって、訪日外国人が最初に立ち寄る場所になりつつあるそうです。
日本にしか無いような布を求めて世界中の方が来られるのです。
高齢化も進みつつある繊維街の商店は、外国語対応に四苦八苦しているとか。

わっせわっせ

皆さん息ぴったりです。

面白いことに、どの人もあえてそうしているのか、表情を作らずクールにパフォーマンスをしているのが印象的です。

そしていよいよ、藤掛さんの駅前店舗の入り口に来て、「決め!」

藤掛新店舗の中でも踊り始め、お客さんも何事かと騒然とします。
そうこうしている間に、皆さんSNSに上げたり、友達に写真を送ったりして拡散しているわけです。このへんが現代的で、ド派手な衣装とパフォーマンスは、SNS時代の告知拡散の仕組みと連動しているかのようです。

一通り、パフォーマンスが終わったらお店のど真ん中で最後の「決め!」
お疲れさまでした。

私が見ていて思ったのは、こういうパフォーマー達に協力を依頼して、
もっと「街のイベントと連動したキャラ」として起用したら良いんじゃないかと思いました。
地方の商店街など、潜在的なニーズがたくさんある気がします。

もちろん「練り歩きパフォーマンス」は一定時間で終わってしまいますが、
ネットでのイベント告知やポスターなどの印刷物と組み合わせたら、より印象的なアピールができそうです。

 

藤掛さんの関連記事

こちらもあわせてどうぞ

創業90年以上を誇る特殊生地の老舗、藤掛(フジカケ)さんの本店・倉庫・本社ビルの改修意匠設計監理に携わりました。台東区寿から荒川区日暮里の繊維街へ、社をあげての引っ越しです。令和元年5月6日オープン!
社を上げての日暮里繊維街への引っ越しを機に、「銭湯」を改修して「倉庫と事務所」併設の事業所をつくりました。小ロットの注文にも対応できる染色場も備えています。

 

日立さんの「秋の庭園公開」

東京都国分寺市に日立製作所さんの中央研究所がありまして、年に2回、庭園開放が開催されます。広大な自然豊かな敷地内を一般開放をする日なのです。野川の水源にあたる場所で、環境的にも素晴らしいところです。ちょうど弊社のお客様の「きの実」さんからのお誘いもあり、家族で行ってきました。中央の広場の芝生スペースに様々なお店が出店しています。

ついつい色々買ってしまいます。

「きの実」さんも頑張ってらっしゃいます。お年寄りから子供まで幅広く興味を持っていただいているようです。お客様の空いた際にちょくちょく顔を出して、今後の展開とかアイディアを打合せ。

食べるのに夢中で、肝心の庭園散策もしなくては(笑
もうすっかり秋も深まっていることを実感。
子供は落ち葉の下のどんぐりと虫に夢中です。
ちなみにこの池には白鳥や鴨がいます。

帰り道の公園で

 

 


「きの実」さんの記事はこちらを御覧ください。

梅干しを中心とした健康食品を扱う「きの実」様の新会社への移行を機に、コンセプト構築、ロゴデザインをご提案しました。

錫 (すず) の器づくり ~経験や体験について~

以前から気になっていた錫を使ったワークショップに参加してみました。
東京都目黒区にあるMakers’ Baseという工房で開催している「錫酒器」作りです。4時間かけて下記画像のように左から順番に、丸く平たい錫の原板をたたいて、絞っていって小さなおちょこのような器を作ります。錫器 (1)

錫には水の浄化作用があるとかで、どんな金属だろうという興味があったのです。素材の性質を熟知したいと考えていたこともあり、参加してみることにしました。

結構体力を使います。・・・というより腕が痛い、、、。
何百回と錫を木槌や金槌を使い分けて打ち込みます。砂の入ったバッグを下地に、木槌でたたき続けると、だんだん湾曲してきます。錫は意外に柔らかいです。ここで入荷している錫は純度の高いものらしいです。
錫器 (3)

ひっくり返すと布地の模様が錫に転写されています。そのぐらい軟度が高いわけです。
(注:画像が少々ぶれているのは、何百回も打ち込んだせいで手がぷるぷるしているからです)
錫器 (4)

器がそれらしい形になった後、講師の方が内側から成形していく過程を実演してくれました。
錫器 (6)

丸みのある先端を持った鉄の治具を下地に、さらに外側からたたいて、外周部をすぼめつつ、
全体を気に入った形まで整形していきます。
錫器 (5)

鏡面をもった特殊な金槌をつかって、光沢のある表面へと変化させます。叩いてなめらかにするので、表面に独特の文様がつきます。打面を打った瞬間に横にずらすように(表面にすりつけるように)移動させると亀の子状の文様になります。
錫器 (7)
なんとかそれらしい形にまで整えました。丸い原板を無理矢理すぼめて器の形に整えますから、当然エッジは広がって、ぎざぎざになっていきます。つくる人によって力の入れ方、全体のバランス感覚などが形状に表れてくると思います。
錫器 (8)

ここから「やすり」や「しごきベラ」をつかって先端を整えていきます。参加者全員くたくた。女性には少々キツイかもしれません。
錫器 (9)
やすりで大まかにエッジを整えます。先端がだんだんコンロの炎の揺らぎのように見えてきたので、そのニュアンスをさらに強調することに決定しました。
錫器 (10)

3時間半ぐらいで大まかに完成しました。最後は打刻して自分の名前など好きな文字を刻印できます。ところが刻印がものすごく小さいため、どの刻印がどの文字なのか判別することも難しい、というぐらい小さいです。ようやく文字を探し出して、底に打刻して完成。
錫器 (11)

それらしく「火焔酒器」と名付けました。
錫器 (12)

いつからか、こういった経験や体験を重んじるようになって、工場見学やら体験セミナーに頻繁に行くようになりました。

コンピュータがいずれは人工知能をほぼ完全に手中に収め、知識をさも体験したかのように絶妙の言葉の組み合わせで我々に語りかける日が来ると思います。人間が本やネットで得た知識には限界があり、コンピュータにかなうはずがないと、プログラミングをかじってから、さらにそう思うようになりました。ひとたびプログラムが正確にできあがれば、疲れ知らずで、寸分の狂いもなく、プログラマーが考えたことを再現できるので底知れぬ力を感じます。

しかしコンピュータはプログラムした人の「認識」という枠組みを超えることはできませんし、莫大な情報から言葉を紡ぎ出せても、「組み合わせ」という枠組みを超えられない。

だとすると体が経験したこと、リアルな現場で感じたことは、コンピュータにはできない創造の源となるはずです。なぜならコンピュータには体が無いので「体験」「経験」ができないからです。

いつの時代も価値を最終的に決めるのは人間だし、新しい価値の枠組みを創造するのも人間。
そういった直感が走った時から、このような「体験」とか「見学」を大事にするようになりました。

オスカー・ニーマイヤー展 / 村野藤吾の建築展

お盆の少し前から怒濤のように仕事が舞い込んできたのを何とかひとまず完了させ、たったの一日だけど休日を満喫。先輩と共に一日で2つの展覧会を回る予定。
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東京都現代美術館

ブラジルの近代建築の巨匠、オスカー・ニーマイヤー展。
1907年生まれ、2012年に亡くなられた。104歳で病床に伏してもまだ夢を追いかけていたとか。私もそうありたいものだ。

東京都現代美術館は木場駅からも清澄白河駅からも遠く、中途半端な距離だ。
しかしそれにしても、とろけるように暑い!まずは館内の喫茶店で一休み。
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パンプーリャ・ヨットクラブ

この展覧会で一番建築的に惹かれたのはこれ。
パンプーリャ・ヨットクラブ

よく見ると梁がモーメントに応じて断面が変化している。
片持ちの先端は細く、支点付近は梁せいが大きくなっている。
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会場内で流れているビデオを見て思った。
構造力学のロジックはニーマイヤーにとって欠かせないツールだったはずだ、と。

無邪気にスケッチを描いても、現実化しようと思えば、最終的には必ず幾何学的秩序や構造的な裏付けを持たせる必要が出てくる。構造家に依頼をかけていたとはいえ、本人にも力学的な素養がないと、このような有機的な形態は制御しきれない。

例えば、片持ち梁に等分布荷重がかかると断面二次モーメントは2次曲線を描く。その曲線に沿って構造を作れば、理に適った形態になり得る。こうした構造的に自明の理を援用し、己の理想とする形態や美的観念に重ね合わせるのは自然な流れであったに違いない。

有機的形態、自由曲線といった滑らかなカーブを多用した形態というのは、その全体を制御することが難しい。暴れ馬のような自由形態に秩序を与え、空間を束ねるツールとして、構造が重要な役割を果たしていたと思う。

もちろん、自由曲線が沢山出てくるのは土地の広さに余裕があるという諸条件だけでなく、多少のコストアップも許容してしまうようなおおらかな時代背景、そして政治的バックグラウンドがあったことも関係しているはずだ。そんな中で彼のデザイン様式は醸成されていったということも頭に入れておく必要がある。
※曲線は設計も大変だが、施工も非常に手間がかかるので、ものによっては莫大なコストがかかる。ましてや自由曲線ともなれば、ほいほいと描くわけにはいかない。

断面や立面では比較的わかりやすく理解できた。構造的なロジックが一貫していたからだ。しかし一方で、平面は別のロジックが並行して走っていると感じた。敷地との対話を進める過程で、伸びやかな空間を無邪気に追求したような自由さを感じた。

 

ダンスホール

ダンスホール

ブラジリア大聖堂

ブラジリア大聖堂

ブラジルは、もともとポルトガルの植民地だったこともあり、ポルトガルの影響を強く受けている。その後、複雑な歴史的経緯を辿った。多民族で構成されたブラジルを近代化していくにあたり、新たなアイデンティティを確立する必要が出てきたため首都移転が実行された。その際、他国の建築様式をそのまま持ち込むような事を良しとせず、全く新しい独自のスタイルを築き上げようとした
※1956年にクビシェック大統領は、「50年の進歩を5年で」というスローガンを掲げ、1960年にはリオデジャネイロから新首都ブラジリアへと猛スピードの遷都を成し遂げた。

近代建築は計画性や合理性といった側面が強調され、普遍性を求めるような文脈が存在する。しかし逆に個人的で恣意的な美学や感性の拡張が、国家や都市のアイデンティティを形成したという歴史を作った。つまり、通常とは異なる普遍性へのアプローチもあり得るということが示されたわけだ。もちろん結果的にある種の普遍性を獲得したわけだが。

もっと建築は自由になれるだろうか?

もう一歩進めて、どうやったらもっと建築は自由になれるかな、と夢想する。最近はニーマイヤーやザハのような、建築の形態のおもしろさや自由さにあこがれても、いざ建築する段階になれば、コンテクストを壊すだの、景観への配慮が足りないとか、税金の無駄遣いだとか、エネルギー効率がどうだとか、余計なコストは限界まで下げろとか、、、もっともらしい言葉が幅を効かせる。そして新しいアイディアや独創的な理想の実現化はますます難しくなっていく。特に日本ではそのような傾向が強いのではないか?自由な表現や試みを受け入れ、みんなで新しいことにチャレンジしてみよう、という文化的な懐も土壌も少ない。ますます窮屈になるばかりだ。

こういった状況が何をもたらすか?

建物はそれらしい説明を隠れ蓑に、異常に細かい法体系や些末な計算を繰り返す果てに、設計者のささやかな表現の領域をかろうじて残すような臆病な建物ばかりが増えることになる。そして小奇麗な説明に執心しなければ、社会的にはじかれてしまいかねない、、、そんな危うい時代に突入したとも言える。

だからこそ建築家はコストや効率に代わる新しい説得力をもった「時代の言葉」を創造する必要がある。これこそが日本の建築界の最重要課題だと感じている。

そうでなくば行き着く先はただの空っぽの箱である。

ニテロイ現代美術館

この展覧会では展示方法でも新鮮なことが2つあった。例えばこの模型。建物部分の模型もさることながら、地形としてつくられているスタイロフォーム。スタイロを何層にも重ね合わせた後、3Dデータを基に、機械で削られている。一直線に走る無数の平行な溝があることからそれが分かる。(層状に見える線はスタイロ一枚一枚の線だが、その一枚の中にさらに無数の線が入っている。写真では見えないかもしれないが。)
ニテロイ現代美術館

イビラプエラ公園

そしてもう一つはこの大空間の展示。1/30の模型と共に空間一面にカーペットが敷かれている。
イビラプエラ公園

よく見るとパイル地に細かくGoogle mapの航空写真がプリントされている。パイルの根本まで印刷されており、感心しきり。

鑑賞者は靴を脱いで敷地内を歩き回りながら模型を覗いて巨人になったような感覚である。
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先ほどの敷地模型にしてもこのカーペットのプリントにしてもそうだが、新しい技術が展示の鑑賞体験を拡張している。
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展覧会が何かを「鑑賞」するというフェーズから、「体験」するというフェーズに移行していくような試みだなあ、と思った。
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村野藤吾の建築展

続いて目黒区美術館にて村野藤吾の建築展。模型と図面の展覧会だ。
目黒区美術館
80点ほどの模型が展示されている。どれも細かくディティールが表現されている。ゴールデンマットに均一の力で繊細にカッターの刃を何千回と入れて、タイルや煉瓦を表現している。気の遠くなるような作業時間と労力を推し量らずにはいられない。

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村野藤吾の自由さと秩序を同時に追求していくような建築は惹かれるものがある。
撮影可能だったのは比較的大型建築ばかりだったが、敷地に自由に触手を伸ばすような自由な感じの作品も沢山あり、なかなか見応えのある模型展だった。
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目黒区役所

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建築談義

最後は新宿で飲みつつ、HERMITというBARに立ち寄り、終電まで建築談義。
店長のお気に入りの秘蔵の15年物のVIRGIN BOURBONをいただいた。独特の芳香があって旨い!この芳香は10年物にも21年物にも無く、なぜか15年物にしかないそうだ。

さ、また明日から頑張りますよ!
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おしまい。