新しいタイプの「原因と結果」

それは本当の原因か?

何か問題が起きると、人はまず「原因は何か」と考え、その原因に直接効きそうな対策へ飛びつきがちです。けれども、目の前に見えている原因が、本当の原因とは限りません。

本稿では、「原因と結果」という関係を、従来より少し踏み込んで考えてみたいと思います。

事例1:トイレのハエ

アムステルダムのスキポール空港のトイレが大変汚く、困った挙げ句に男子トイレの便器の真ん中にハエのプリントを貼ってみたそうです。その結果、みんながハエを狙うように用をたすようになったため、トイレが劇的にきれいになったとのこと。
(※1:写真はTHE DECISION LABより引用)

面白いアイディアですよね。しかし、単なる気の利いたアイディアとして受け取ってしまうと、肝心なところが見えなくなります。

なぜなら、トイレを綺麗にしたいという目的を、従来の概念から外れた領域に踏み込んで見事に解決しているからです。

私なりに想像を広げてみます。例えばこれが駅のトイレの話だったとします。そして様々な立場の人に意見を求めたらこんな発言が出てきそうです。

  • 駅長:「こんなことではいけない。清掃費を上げて、頻繁に清掃するようにしよう。」
  • 学校の先生:「トイレの使い方に限らず、こういった問題の根本は教育に原因があると思います。公共マナーを授業で取り上げるべきです。」
  • 広告会社の社員:「トイレだけじゃなくて、公共の物を大切に使ってもらえるように、みんなの意識を高めるポスターが必要でしょう。啓蒙活動ですよ。」
  • クリーニング会社:「単純に使用者が増えたんだよ。今までのトイレや洗剤だけじゃ、清潔さを保てないんじゃないかな?ほら、汚れを分解するコーティングってあるじゃない?」
  • デザイナー:「もっと便器のデザインとかトイレの空間全体を美しくすれば、それだけで使う人の気持ちが変わると思いませんか?きれいに使おうって思うでしょう?」
  • 一般の人:「トイレを外国みたいに少額でもいいから有料にすれば良いんじゃないですか?管理人が常駐していれば、きれいに使ってもらえるかもしれないね。でも有料はやっぱり困るかな。」

・・・こんな声が聞こえてきそうです。立場の違う人が、みな口々に原因を暗に想定し、それに沿った解決方法を口にしています。しかし、スキポール空港の例は、これらのどの方法とも違うやり方でトイレがきれいになったとのこと。ここに新しいタイプの原因と結果の兆候が見えています。それは目的と方法の関係が変わることを意味します。・・・いったい何が起きているのか?
※「原因と結果」は事象の連関であり、「方法と目的」は人間の意思が介在した連関ともいえ、構造は同じものを指しているといえます。

さらに事例を見てみます。

事例2:「割れた窓」理論

ニューヨークに関する話を取り上げたいと思います。

1991年の時点で、ニューヨーク市では殺人が2,154件に達していました。そこから数年で大きく減少し、1997年には770件まで落ちています。

なぜか?

このときも、さまざまな理由が挙げられました。が、しかし本当の理由は違うところにあったようです。

犯罪を劇的に減少させた方法が生まれたきっかけをつくったのは「割れた窓理論」と呼ばれる理論でした。犯罪学者が主張した理論です。簡単にいうと、街の中で窓が一つ割れて放置されると、無法状態の雰囲気が現れ、それが隣の通りにまで広がり始めるというのです。つまり「ここでは何をやってもいい」という環境的な信号が出始めるということです。この理論に基づいて、地下鉄を徹底的に掃除し、清潔さを保つという対策がとられました。一台でも落書きされたらその車両は外し、子供が三日かけて一生懸命に車庫の車両に落書きしたら、あえて三日目にきれいさっぱりにするという冷徹ぶり。「割れた窓」が生み出す空気を徹底的に消し去ったということです。

その他にも同じぐらいの時期に、無賃乗車を徹底的に取り締まったそうです。私服の警官が配備され、無賃乗車した人に手錠をかけました。面白いことに、次々と捕まえた人を手錠で数珠繋ぎのようにして立たせておいたそうです。無賃乗車はそれまであまり力を入れていませんでした。というのも取り締まってもたいした問題では無く、重大な犯罪に力を注ぐべきだと考えられていたからです。しかしこの取り締まりは思わぬ副産物をもたらしました。無賃乗車する人の何人かに一人は、武器所持者だったり、指名手配犯だったからです。無賃乗車をすると、もう踏んだり蹴ったりになるわけです。これじゃ、やましい人はうっかり乗れませんし、些細な不正もしないように気をつけなくてはなりません。その後ジュリアー二市長が当選すると、地下鉄での試みをニューヨーク全域に適用しました。

・・・その結果が犯罪減少に結びついた、というのです。

犯罪を減少させようと思ったら、普通は「警察官を増員」したり「パトロールを手厚くしたり」といった方法を思いつくでしょう。

つまり、行動そのものではなく、その手前にある「意識」に直接触れているのです。

※実際にそれが犯罪減少の主因だったのかどうかは、今では単純には言えないようです。

事例3:女の平和

「女の平和」、、、これは古代ギリシャの劇作家アリストパネスによる紀元前の反戦喜劇です。日本語新訳で出ています。このお話は古代ギリシャのペロポネソス戦争が題材になっているのですが、戦争に反対するアテナイとスパルタの女たちがセックス・ストライキを起こして、戦争のことしか考えない男たちをこらしめる舞台劇です。戦争やめるまではお預けよ!みたいなノリでしょうか・・・。紀元前のお話ですが、アイディアは秀逸だと思います。

プラカードをもってデモ行進して「戦争反対!」と叫んでいる人たちをテレビで目にしますね。しかし、デモ行進では直接戦争を止めることは殆どの場合できないでしょう。

これは「トイレが汚いから清掃費を上げる」という話に似ていませんか?
でもそれはどうやらあまり有効な方法ではない、と考えられるわけです。

本当に戦争を食い止めたいなら別種の方法を考える必要があるのではないかと思います。デモはメディアに取り上げられることによって、世間の注目を集めたり世論を動かすという事に対しては有効かもしれません、ですからそれを目的とするならば、人々の意識に作用しやすいようにメディアやネットをフルに活用して効果的に情報を拡散させ、世論を方向付けていかないといけないでしょう。 回り道ではありますが、影響力や波及力を戦略的にデモに付随させなければ意味がないことになります。
(「デモ」が「暴動」に発展したら話は変わってくるので、ここではそれは置いておきます)

小さな意識に作用して結果を変える

 私がこの一連の話を通して考察したいのは「小さな意識に作用することで状況や結果を変えられる」ということです。

まとめてみましょう。

  • トイレにハエをプリントすると、「ハエを狙いたくなる」という小さな遊び心やイタズラ心が生まれ、結果的にトイレがきれいになる。

  • 地下鉄を常にきれいにすることで、うかつに汚せないという小さな意識が芽生える。

  • 無賃乗車が見つかると、手錠につながれて駅でさらし者になって恥ずかしい、という意識が植え込まれて無賃乗車が減る。

  • 徹底的に駅で取り締まられると、犯罪者が「この街では下手に動けない」と感じ始める。

  • 戦争に躍起になっている男達に、生理や本能レベルの意識に働きかけて「戦争なんてやってられない!」と気づかせる。

どれも、小さな意識に作用して全体へ波及しています。

さらに考察を進めると・・・

採用された方法は、状況に対する次元の階層がずれています。

そして、そのずれた場所で「意識」に直接作用しているのです。

もう少しわかりやすく言うと、

■トイレが汚いからきれいにしたい! → だから清掃費を上げる

・・・というのはとても直接的な目的と方法です。しかしハエを便器にプリントするという方法は、私たちの小さな意識に直接働きかけるのであって、トイレを直接的に清掃することとは異なります。

■凶悪犯罪が多発しているから何とかしたい! → だから取り締まりの人員を増やし、特殊技術や強力な武器を導入する

・・・というのも直接的な方法です。しかし、徹底的に地下鉄をきれいにしたり、無賃乗車を取り締まることは、凶悪犯罪に対して直接的に作用していません。

■国や生命を賭けた「戦争」を止めたい → セックスで解決を図る
・・・というのも全然階層が違います。

どの事例も私たちの通常の感覚や常識では捉えられないような階層の切れ目があるのです。ここに新しいタイプの機能主義を感じ取ることができます。

目的に対して「方法の質」が一般的な概念や通念とは全く異なるのです。
ズームアップしていくと、微かな「意識の働き」が見えてきて、新たな因果関係が現れてきます

結び

今回のテーマは「新しいタイプの原因と結果」ですが、詰まるところ「本当の原因は何だったのか?」という私なりの問いかけでもあります。

起きている問題の原因を限界まで掘り下げていくと、「人の意識」という領域にたどり着くのではないか?というのが今のところの私の結論です。

従来の直接的な方法が前提としている次元とは異なる階層を見つけ、
そして原因を、意識の働きから捉え直すこと。

その先に、新しい結果が待っているはずです。


※1:スキポール空港の「便器のハエ」は有名なナッジの逸話で、男性用小便器にハエを刻んだことで飛び散りが約80%減り、清掃費も下がったと広く紹介されています。

By etching an image of a fly inside every urinal, Schiphol Airport hoped to nudge men to aim at the fly improving overall aim.